これはある人から教えてもらった言葉です。
11月に国家試験がありました。3年間そのために勉強してきましたが、過ぎちゃえば無かったのと同じ。人間死んだらそれで終わり。死んだら産まれてこなかったのと同じ。
すばらしい。確かにその通りです。
それだから、何かを残すために人間は一生懸命生きます。なぜなら、そうでなかったら本当に産まれてこなかったのと一緒だからです。
本を読んでもその内容を忘れたら、読まなかったのと同じです。でもあらすじを忘れたとしても作者の伝えたかった情感が、その人の心に残れば、それは読まなかったことと同じではありません。
うちのGymでのJrレスリングの練習は父兄の方も一緒に汗を流します。子供達はすごくいい経験をしていると思います。ふつうの家庭では子供が親と肌を合わせてスパーリングなんかしません。でも彼らには「小さいときに、親父とスパーリングをして親父には、こりゃあ何をしてもかなわないと思ったよ」という気持ちが残ると思います。経験していない親子はそんなことは思いません。
確かに死んだら生まれてこなかったのと同じです。でもその人が死んだとしても、その気持ちが誰かの心に残っていれば、やっぱりその人はその時、生きていたし、誰かの心の中で生き続けることが出来ると思います。
11月30日私は国家試験を受験しました。時を同じくしてSSファイターズクラブ(坂田茂代表)主催で浜松に佐藤満先生(ソウル五輪金メダリスト)の講習会が開催されました。
この日行った子供の中には「小さい頃どこかの体育館で金メダリストにレスリングを習った」というのは残ると思います。この日私は確かに生きていたはずです。講習会に行ったちびっこもそうです。でもその日同じ時間に笑っていいとも増刊号を見ていた人はどうなんでしょう?
「時間」というのは面白いもので誰にも等しく流れているはずです。でもそうじゃありません。大石さん(第2代プロ修斗フェザー級チャンピオン)がチャンピオンになったときにそう感じました。見ている側もみんな感動したけど、でも見ている人達にはその時だけの出来事です。いつか忘れられていくかもしれません。でも大石さんにとってはその時間は永遠です。それによって全てを失ったとしてもその時間だけは永遠です。
人間死んだら終わり。過ぎちゃえば無かったのと同じ、死んだら産まれてこなかったのと同じだけど、それもそうだとしたら誰も生きている価値なんか無いでしょう。その人にとってはその時間は永遠なんです。
*手直ししました。どうでしょう?
自分の嫁さんに「死んだら産まれてこなかったのと同じ?」そんなわけない。と言われて、説明が足りなかったようなので自分が考える例を三つ入れてみました。
(これは文章的には例が多すぎて良くないでしょうがあえて入れました)
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