人間はしょせん動物です。
でも人間が人間であるゆえん、それは人間だけが理性を持っているという点です。そして人間はあるものを発明しました。合理性。
人間は感覚と合理性この二つを持ち合わせた、珍しい動物です。
合理主義。このおかげで人間はこんなすばらしい生活が出来るようになりました。
でもそれってそんなにすばらしいのかなと思うことがあります。
アメリカは訴訟社会です。こんな話を聞きました。
マクドナルドで老人が紙コップのコーヒーを飲もうとしたところ熱さのあまりこぼして火傷をしてしまった。「熱いから気を付けろ」と注意書きがないじゃないか!「訴えてやる。」
勝訴!賠償金1億円。
ある家に泥棒が入りました。泥棒は暗闇の中で転びケガをしました。捕まりました。でも泥棒に入ったこととケガをしたことは別だろ?「訴えてやる。」
私の天然(言い方を変えれば右脳人間)の友達が言いました。彼らはたまに物事の本質をとらえた鋭いことを言います。
Oームsinri教が事件を起こしたとき連日TVでは事件のことが報道されていました。その時彼が言ったのは「だいたいこの教祖の風貌を見たときに怪しいと思えよ」
確かに。
その宗教の中では東大を出たようなエリートがたくさん名前を連ねていました。確かに教団側の教えは非の打ち所がない程すばらしいことを言っています。理論武装も完璧です。合理性だけで言っていることを聞いていればそうなるんでしょう。
でも怪しいっておもえよって言いたくなります。
人間は勉強しすぎるとバカになります。バカって言うのは言い換えれば感覚を喪失しているということです。
合理性の行き着いた先をたまに見ることが出来ます。ここに並べたのはほんの一例です。
目に見えたものだけを信じるな!
と言いたいです。目に見えたもの、それは確かにそこにあるものかもしれない。でもそれをまに受けるな。目に見えない部分それも大事。
合理性を否定するわけではありません。人間、特に日本人は感覚を大事にしてきたはずです。合理性と感覚その両方のの不安定さの中にバランスがあります。
Feel !
