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ウマノミミニネンブツ 2

馬の耳に念仏ということわざが最近気に入っています。


それはイメージ的に面白いのと、意味が面白いからです。
私は格闘技を教えるのと、治療をするのが仕事なので特に感じます。


ところで馬と念仏を唱えている人とどちらに対する教訓なんでしょう。
それは、後者です。
だって馬は馬なんですから、馬に何を行っても無駄です。念仏を唱える方が間違っています。


医療で行動変容という言葉の中に「レデイーネス」ということばがあります。
それはその人がどれだけ指導に対する準備が出来ているかということです。


例えば誰もが喫煙が良くないことだとわかっています。
でも禁煙をする気が全くない人に禁煙を薦めたら、おそらくその人は怒ってしまうでしょう。

これを「レデイーネス」が出来ていないといいます。
おそらく何もいわない方がいいでしょう。


むかし最澄と空海という宗教家がいました。
空海がやっているのは「密教」です。
逆に最澄が唱えたのは全ての人に対する教えです。

密教とはその位置まで来ていない人に高い教えを伝えても、意味がわからないし間違って解釈をしてしまうため、全ての人に教えを伝えるわけではないという物です。


空海と最澄は同じ船に乗って中国に行っています。

空海はインドに渡り「大日如来と一体化する方法まで学び」跡取りが決まっていた一子相伝の流派の跡継ぎを追い抜いて、自分が継いだくらいの人だそうです。
その後日本に帰って最澄とも会談をしています。


本を貸したりもしたそうですが、最後の「大日如来と一体化する方法を記した本」は間違って解釈することをおそれ、貸さなかったそうです。


私はこの話を聞いたとき、柔術と一緒だなと思いました。
柔術というかスポーツ・治療には、密教の部分があると思います。


初心者に「スパイラルガード」を教えることは出来ません。
それなのでいろんなレベルの人がいる中で、全ての人が納得する「柔術テクニッククラス」は存在しないはずです。
質問コーナーはありです。


最近GYMでアスリート向けのエアロバイク「パワーマックス」を買いましたが、うちの100人以上の会員の中で「アスリート」と呼べるようなそれを使えるような人は3人位しかいません。


馬の耳に念仏。

それでも唱えた方がいいときもあるのかなと、たまに思います。

言ってもわからないかもしれないけど、言わなきゃ全くわからないと言うのも事実です。

そう思ってたまに唱えるのですが、やっぱりわからないみたいなので、よけい唱えなくなります。
(人には成長の段階があるので、その一時をとらえてダメだといっているわけではありません。)

近所のおじさんがいつも息子にこう言っているそうです

「早く気付けよ。」

今思うと同じ意味です。
いいことを言います。
(早く気付いて私も立派な大人になりたいです)

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