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ムラジュウブ

最近特にみな人間関係が希薄だなと感じます。
GYMでも簡単にスパッとやめる人がいます。
応援にも行きません。

ドライです。

なぜでしょう?

そうしても損をしないからです。

人はいつも選択に迫られたときにメリットがあるかないかで決めます。
現代の世の中だとお金を払えば何でも手にはいるのでドライに生きていけます。
皆物質的に裕福になりすぎました。

むかし「村八分」という言葉がありました。
残りの二分は「葬式と火事」です。
それ以外は無視をするという意味です。

現代では自ら望んで「村十分」になっている人がたくさんいます。

だって電話をすれば消防車は来るし、お金を払えば葬式もやってくれます。
隣に住んでいる人も知りません。

それでも何の不自由もなく生きていけます。

昔はサラリーマンという職業がありませんでした。みな自営業です。

今は逆転しています。
だからというのもあるでしょう。

組織に属してお金を払いさえすれば関係ありません。

例えば一部上場商社に勤めて年収うん千万もらっていれば、GYMをやめようが、応援に行かなかろうが、近所の付き合いしなかろうが、何の関係もありません。

損をしないから。

自分で言うのも何ですが、私はこんな道場をやっている人間なので義理人情で生きているつもりですから、よけい寂しいです。

組織に属してお金を払えば義理も人情も関係なく生きていけますし、損もしません。

結論として、TVとインターネットは没収、日本を鎖国にして情報が入らないようにし、みんなまた貧乏になれば、いいのかもしれません。

そうすれば間違いなく団結力は生まれます。

というのは冗談ですが、なんとかならないものかと思います。

日本人は歴史上過去最高の暮らしをしていますが、なぜか不幸です。

コメント (3)

富田泰介:

僕はあえて"そうは思いません"と言います。

生活の様々なところで同じ様なことは感じますが

今、自分の中で一番大切なK.O.のことで言うと、

正直一番初めに感じたのは、"あっやっぱりGYMなんだな"でした
今思うと僕の育った空手社会は、ちょっと宗教ぽかったです。
でも、良くも悪くもものすごいまとまりがありました

村社会は、それだけ閉鎖的な集団なのでまとまりがあるのは当然です。
社会体育を目指していないGYMはいろんな価値観があるのが当然だと思います。

二律背反していますが、運営なんてその様なものだと思います。

先日のGYM主催の大会に選手として出させていただきました。
主催大会なのに何のお手伝いもせず、選手としてだけ参加させていただきました。正直ありえないです。

それは、出場しないけど会場で手伝っていただいたみんなのおかげです。

少なくともこのGYMに集まっている人はドライじゃないですよ。
ただ、何もできない自分が、どうしたらいいのか分からないだけだと思います。

かんな:

ひととおり読ませていただきましたが
おもしろい!この一言です。
gymに通い数ヶ月になりますが、ようやく楽しくなってきたところ。
仕事中も事務所にひとりということもあって、
ひまになるとシャドウボクシングをしています。
これからもよろしくおねがいします。

改めまして鈴木干菜です:

久しぶりに先生のコラム拝見しました。

とても深いですね。

インタビューではジョーのように強くなりたいとも言いましたが、
モウリランのように、自分で自分の身を守れるようになりたい、
という願いをこめて、いま、このジムに所属しています。

28日の試合、「小楠」て先生のことなんですか?

生でみたいですが、いかんせんお金がありませんので、遠く静岡から
健闘をお祈りしています。ファイトっ!!!!!!

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